民法債権編が全面改正されるそうです。2009年の改正を目指すそうです。
改正を議論する会議の座長は内田貴教授!改正は、「最近はネット取引やフランチャイズチェーン(FC)契約、ライセンス契約、ファクタリング(債権買い取り)など債権法が想定していなかった取引や契約形態が増えている」という問題意識で行われるもので、内田教授が「関係的契約理論」を提唱した問題意識と非常に近い。
ということは、近々「関係的契約理論」が通説になるってことですかね…
「関係的契約理論」を説いた『契約の再生』『契約の時代』については、それぞれ2005年12月2日のエントリ、2005年12月13日のエントリ を参照してください。
- 佐藤 岩昭
- 詐害行為取消権の理論
民法424条の「詐害行為取消権」について、非常に詳細かつ精緻に論ずるとともに、筆者の「訴権説」と呼ばれる説を展開した本。「この問題に関する基礎的研究であり,訴権説に賛成するか否かにかかわらず,参照する価値がある。」(大村 敦志基本民法〈3〉 P.186)とされる大著です。
エキサイティングな本でした。民法の教科書の「詐害行為取消権」のところを読んで、疑問を持った人は、読んでみると面白いと思います。法律の勉強をしたことがない方には、全くお勧めしません。さすがにちんぷんかんぷんでしょう。
下に、「詐害行為取消権」の概略と、学説の状況をごく簡単にまとめてみました。法学部の先生って、普段はこんなこと考えながら生活してるんだな、というその一端をのぞいてみてはいかがでしょう。
詐害行為取消権って何だ?
「詐害行為取消」というのは、債権者を害することを知ってしたことを、害された債権者が取り消せる(なかったことにできる)、という制度です。借金で首が回らないAさんが、唯一の資産であった自分の家をBさんにあげてしまった場合に、Aさんにお金を貸しているCさんが「あげた」というAB間の契約(贈与)を取り消すような例が典型例です。
この制度の理解については、古くから非常に激しい議論があります。
まず、裁判所は「相対的取消」理論という説を、明治時代から一貫して採っています。これは、①Aさんのした贈与を取り消して、Bさんの所に行ってしまった家をAさんの所にもどす、②取消の効果は「相対的」で、CさんとBさんの間では家はAさんのものだが、AさんとBさんの間では家はBさんのもの、という理論です。
この理論には激しく批判がされています。詳細は省きますが、直感的に考えても、取消の効果が「相対的」というのは何ともおかしい気がします。
初期に現れてきた批判理論として、「形成権説」「請求権説」があります。前者は、取消の効果を「絶対的」なものとしようと考えるものです。一方後者は、贈与を取り消さないで、ただ家をAさんの元へ戻せとBさんに要求できるとするものです。いずれも批判を浴び、主流とはなれませんでした。
1960年代に、「責任説」と呼ばれる説が登場します。この説はちょっとわかりにくいのですが、大体以下のようなものです。まず、取消の目的は、要はBさんのところにある家からCさんがお金を帰してもらうことだと考えます。そのためには、家を売り払って代金をCさんが受け取れれば十分、何もAさんの所に家を戻す必要はない、と考えることができます。そこで、Bさんを相手にして、「家を売り払うのを我慢しなさい」という判決を求めて裁判を起こせばよい、とするのです。
この説は、ドイツでの議論に影響を受けたものですが、日本にはなじみのない概念を多く持ち込んだため、やはり主流にはなれませんでした。
このように、多くの説が浮いては消えて行き、結局、欠陥があることが分かっていながら、消極的に裁判所の考え方が支持されてきたのです。
1980年代に、「責任説」に影響を受けて登場したのが、本書の展開する「訴権説」です。
「訴権説」って何だ?
「訴権説」は、責任説と同じような結論を、別の方向から導こうとするものです。
今の民法の元となったフランスの法律や、ドイツ・アメリカの法律の分析や、日本で民法を作るときの議論の分析を通して、424条はCさんに「訴権」なるものを与えたものだと考えます。この「訴権」なるものを説明するには、「実体法と手続法」や「形成権と請求権」をきちんと説明する必要がありますが、大変なので省略。ポイントは、「AさんとBさんの贈与で、Cさんにはお金が返してもらえなくなったという「損害」が発生していて、これを賠償してもらうために、CさんはBさんのところにある家を売り払ってお金をもらうことができる」と考える点にあります。
わかりにくいですよね。この説は、「訴権」という、日本の法律家にあまりなじみのない制度を持ち込んでいる点に難しさがあります。
「訴権説」ってどうなの?
本書の筆者は非常に説得的な議論を展開しており、有力な学者の間でも「訴権説」は高く評価されています。理論的にもきれいです。僕もこの説はとても魅力的な説だと思います。
ただ、筆者も繰り返し言っているように、実際の裁判所の扱いや弁護士のやっていることとあまりにもかけ離れているため、やはり主流となるには至っていません。

- スティーブ モス, ジョン・M ダニエル, Steve Moss, John M. Daniel, 浅倉 久志
- 極短小説
2005年の年間で本に費やした費用が30,000円(文庫本のみ)あまりになっていることに気づき、経費節減の必要性を感じています。そこで、久々に古本屋に行ってきました。仕入れてきた本のうちのひとつ。
小説はどこまで短くできるのかに挑戦したものです。投稿作品から選りすぐりの157編収録されていますが、全てが55語以内(英語で)になっているという本です。日本語でも200字以内、文庫本半ページあまりです。星新一のショート・ショートよりずっと短い。
出来は、というと、玉石混交ですが、面白いものはかなりありました。短い中にピリッとスパイスが効いているものが多く、高々200字でこれだけできるのか!というすごい作品もありました。
寝る前か何かにちょこっと読むのに最適でしょう。
1月2日 自宅で読了
★★★☆☆
気がついたら、2週間近く何も書いていませんでした。
12月26日、27日、31日は近々埋まる予定です。こんな不規則度120%のブログですが、気が向いたらのぞいてやってください。
演奏は「Jupiter弦楽四重奏団」、桐朋音大の学生で結成されたカルテットです。
チェロの宮田氏が僕の高校の後輩(面識はない)ということ。まだ1年生ながら、今年の日本音楽コンクールチェロ部門で1位をとったそうです。故郷に錦を飾る意味合いもあったようで。
会場は、栃木県の益子町民会館ホール。1007席のホールですが、学生のカルテットの割には、半分以上埋まってました。びっくり。まぁ、半分益子町民の社交場状態でしたが。
曲は、4人がそれぞれソロの曲を1曲づつ、あとは、ヤナーチェクの「内緒の手紙」とシューマンの3番(内輪の人は、nullがいつかの駒場祭でやった謎の曲といえばわかるかな。)をやりました。
全体の感想としては、まず、非常によくまとまったカルテットだな、ということ。表現としても和声の作り方にしても、結成して1年足らずとは思えないほど、4人に一体感がありました。それから、ビオラがうまい!ビオラは原麻里子さんという、この春ビオラに本格転向したもとバイオリニストだそうですが、楽器の鳴りがすごい。演奏会の最初のエネスコ「演奏会用小品」(ビオラソロの曲)の時点で、やられました。4人の中では、ビオラが突出してうまかったと思います。ビオラがうまいカルテットというのは、聞いていて非常に安心感があるもので、「さらわにゃなぁ」と思いを新たにしました。
ヤナーチェクのできはいまいちな印象です。ヤナーチェクの独特の和声法が消化し切れていない感じで、ロマン派のカルテットのような響きになってしまっていたように思います。やっぱり難しいんですね。
一方、シューマンはなかなかよかったと思います。出色のできは、4楽章(但し、前半)。彼らは恐らく3楽章に一番気合を入れていて、その3楽章は美しい仕上がりになっていたように思いますが、若干硬い印象がありました。一方4楽章は、3楽章が終わっていい意味で力が抜けたようで、4楽章の特徴的なリズムのノリがよかったように思います。ただ、最後のころは疲れてきたのかあのリズムに飽きてきたのか、だんだんテンションが低くなってしまったのが残念。
アンコールは、(ソロの曲を含めてややマニアックなプログラムをカバーするかのように)メジャーな曲が2曲並びました。「アイネクライネ」と「君をのせて」。このアンコールには、ヤナーチェクに「?」な観客も喝采でした。
演奏をしたJupiter弦楽四重奏団は、2006年1月15日に紀尾井ホール(小ホール)でシューマンの3番をやるようです(→紀尾井ホールHP内、小ホールの演奏会カレンダー)。入場は100円以上カンパ制みたいなので、時間のある方は行ってみてはいかがでしょう?100円以上の価値は絶対にあると思います。
どうでもいいこと
本当にどうでもいいんだが、「ラストイヤーコンサート」という名前ってどうなんでしょう?主催者としては、恐らく「今年最後の演奏会!」的な気分でつけたのだと思うんだが、普通に考えて、これじゃ「去年の演奏会」がいいとこ。へたすりゃ、「(人類)最後の年の演奏会」と考えられないこともない。せめて、「last concert (in this year)」か「year's end concert」でしょう。
「ラストイヤーコンサート」でgoogle検索をかけると、8件引っかかる。実はこういうよび方があるのか!?
今年は、スキーヤーにとっては素晴らしい天気の年(すみません)で、年末にも関わらずトップシーズンと変わりない雪の量・質。朝晩吹雪いたのには閉口しましたが、おおむね満足のいくものでした。
詳細は、同伴者の一人のブログをどうぞ→Dans La Vie Quotidienne
ちなみに僕はスピード狂ではありませぬ。

- 恩田 陸
- 図書室の海
最近、僕のなかでは、「よくも悪くも、器用な作家」という評価が定着しつつある恩田陸です。
連作ではない、普通の短編集で、他の長編の番外編が含まれています。
短編集には当たり前の感想かもしれませんが、面白いと思う作品と、あんまり…と思う作品が合い半ばです。
「睡蓮」(『麦の海に沈む果実 』の番外編)、「ピクニックの準備」(『夜のピクニック』の予告編)、「図書館の海」(『六番目の小夜子 』の番外編)はどうもしっくりきませんでした。この3つが、他の長編の番外編にあたるものです。最初と最後のものは本編の方を読んだことがありますが、本編の方の話を突っ込んで書けないためか、本編を読んだことがあるものは何となく物足りず、本編を読んだことがないものは何が言いたいのかよく分からない、という中途半端な感じになってしまっているように思いました。
逆に、「春よ、こい」「ノスタルジア」は面白かった。どうも僕は、時間軸が交錯するお話が好きなようです。
12月19日 通学中に読了
★★★☆☆

- 綿矢 りさ
- インストール
言わずと知れた、最年少芥川賞受賞者(年下……)の作品。第38回文藝賞をとった作品だそうです。
内容はさておき、文体が新しい。同世代の僕にはしっくりはまる文章です。文体で奇を衒おうとすると、どうしても日本語が汚くなると思いますが、彼女はなかなかきれいな日本語を書きます。
内容についてはあまり書くことがない。いわゆる「思春期の不安定な心理」的なものが描かれていますが、個人的にこういうのはあまり共感する要素がないのです。
12月18日 自宅で読了
★★★☆☆

- 小川 洋子
- 貴婦人Aの蘇生
今月は、小川洋子の新刊が2つあったようです。(もう一つ、『博士の愛した数式』については、12月4日のエントリ参照)
世界観や雰囲気は、相変わらず小川洋子ワールド。ひんやりとした静けさの中で物語が進んでいきます。
小川洋子の「愛着がもっとも深い小説」だそうですが、『シュガータイム 』といいこの作品といい、小川氏の強い思い入れのある作品は、個人的にはあまりピンと来ません。この作品は、『博士の愛した数式』と非常に近しい設定や雰囲気になっているのですが、『博士の愛した数式』の「博士」に当たる「伯母」が、「博士」ほど魅力的に書ききれていない印象を受けました。
12月17日 帰宅中に読了
★★☆☆☆

- 岡嶋 二人
- 殺人!ザ・東京ドーム
岡嶋二人の『99%の誘拐 』が、「2005年度 この文庫がすごい!」のミステリー&エンタテイメント部門で1位を取ったそうなので、目についた岡嶋二人を買ってきました。
『99%の誘拐』もなかなかでしたが、岡嶋二人では『クラインの壷
』で非常に衝撃を受けた記憶があります。これは激推しです。ただ、それ以来、岡嶋二人を読んでも、どうも『クラインの壷』と比較してしまいます。
これも、『クラインの壷』に比べるといまいちな印象です。「現代人の病んだ心」的なステレオタイプで語られるような性向に、1988年の段階で着眼したことは注目に値すると思いますが…
12月17日 移動中に読了
★★☆☆☆
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